てさぐりくらべ(ある冬の日)

 二月十五日。その日新聞部の扉を開いた名取香苗は常にない人口密度を前に固まった。
「結城先輩はともかく、何故窪井先輩まで」
 二つ繋げた古い長テーブルの周りには、いつも香苗より先に来ている幅野と浅木だけでなく、今ではほとんど顔を出さなくなった先輩二人までもが姿を現していた。
「何で里志は良くて俺は駄目なんだ? 明確な理由を述べてみよ名取」
「こんなところに来なくたって、たくさん貰ったんじゃないんですか?」
「俺は明らかな義理以外貰わねー主義だから。たいした収穫じゃねえな」
「収穫とか表現しないでください贈り物です」
 溜息をついて、それでもこの状況で出さないわけにもいかず香苗は紺色の鞄から弁当箱を取り出した。
「マジで手作りですか?」
 身を乗り出してくる浅木に「先輩から何聞いたのか知らないけど、そんなに珍しいモノじゃないわよ」と牽制しておく。弁当箱を開くと、ココアパウダーと抹茶パウダーで色づけした二色のモザイク。幅野が「おお、綺麗!」と声を上げた。
「今年はアイスボックスタイプのクッキー。父親にあげた残りだけど、良かったら…」
 どうぞ、と言う前に窪井が口に放り込んでいた。
「先輩私がどうぞって言う前に口に入れるとかどういうことですか?」
 もごもごと口を動かしながら「早いモン勝ち」などと言う窪井を香苗は睨み付けた。続いて結城が「いただきます」と手を伸ばす。
「去年も凝ってたけど、今年もまた凝ってるな。味も旨いし。売りもんになるんじゃないか?」
 この人は相変わらず褒めるのが上手いな、と思いながら香苗は抑えきれない笑顔を結城に向けた。
「そんなことないですけど…ありがとうございます」
「あー美味しーい名取先輩今度作り方教えてくださいよー」
 クッキーと聞いて牛乳まで持参した幅野は窪井に負けない勢いで食べている。この姿、この子に憧れてる男子たちに見せてはいけない気がする、と香苗は思った。
「一朝一夕でこんなもん作れるわけねーだろ幅野。お前は目玉焼きからスタートだ」
 自分もしっかりコーヒーを持参している窪井を、今度は幅野が睨み付けた。
「私だって目玉焼きくらい作れますっ。名取先輩また窪井先輩が私のこと目の敵にしますー!」
 立っている香苗の腰に座ったままで抱きついてきた幅野の頭を「よしよし」と撫でてやると幅野は窪井へしてやったりの表情を向ける。窪井が幅野に記事の書き方を伝授していた頃には二日に一度こうしていた気がするな、と香苗は考えていた。
 パシャ、という音が聞こえたかと思うと、浅木が片手でクッキーを持ち片手でコンパクトデジカメのシャッターを切るという器用なことをやってのけていた。
「浅木君これ写真に撮る必要あるの?」
「ブログに載せます。こういう平凡でありながらちょっと非凡なものが受けるんですよ、結構」
 浅木の言動は時々香苗の理解を超えてしまうが、もう慣れていたので「そうなの」と流した。
「ていうか浅木君は貰わなかったの?」
「明らかな義理が一つだけ」
「それ、ホントに義理か?」
 突っ込んだのは結城で、その瞬間何故か香苗は隣の幅野が身じろぎした気がした。浅木は表情を変えず「十割という配合で義理です」と返している。
 弁当箱が空になると、満足と言わんばかりの表情で窪井が椅子にのけぞった。
「俺来年もこれだけは食いに来ようかな」
「私来年受験生なんですけど」
「息抜きは大切だろ」
「自分に都合のいいように操ろうとしないでください」
 思わず手を腰に当てて眉を寄せると、窪井は悪戯めいた表情でただ笑った。

 もうすぐ先輩二人は卒業し、自分も引退が近付く。それでも、きればこの新聞部がこの先も続いてくれたらいいな、と香苗は思っていた。
 次の年の十五日、結局窪井が現れることはなかったけれど、もっと先の日に彼のわがままを聞かなければならない羽目になるとは、この時の香苗には予想しようもなかった。






(ある冬の日 終了)



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