花冠の行方 十九歳

 十九歳になった私は、叔父さんの愛人になった。実のところ愛人という表現はしっくりこないのだけれど、恋人と呼ぶには私たちの間柄はあまりに「不適切」なので仕方がない。叔父さんは叔父であって彼氏と呼ぶことはできないし、叔父さんは私のことを彼女と表現することなど無いだろう。決して。


 第二志望の大学に合格し、大学へ入学することを決めた私は、入学式から間もなくして十九歳の誕生日を迎えた。日本へ戻ってきた叔父さんに「誕生日に先約はあるのか」と問われ、不機嫌な表情を見せてしまうと笑われた。大学は半分期待通り、半分期待はずれの場所だった。授業の面白さは上から下まで極端で、学食の定食は予想よりマシな味で、男の子達はみな優しいけれどどこかふわふわと不安定な印象だった。何の因果かまったく別の学部にもかかわらず同じ大学に通うことになったサヤとは、相変わらずくだらなくてちょっと楽しい応酬を続けている。サヤは今も警備員の男性と付き合っている。つまり私たちは周囲の可愛い女の子達のような「普通の恋愛」ができないままで二人とも女子大生になってしまった。
 学生同士で付き合っている男女を見ると、ふわふわとしたスポンジの上で二人バランスを保とうとする可愛らしさとまぶしさを感じるけれど、私はあの上に立てないと思ってしまう。そのくせ、もっと危なっかしい崖っぷちぎりぎりに立つごとく普通は好きにならないような男性に惹かれているのだから自分に呆れそうだ。
 ともかく、誕生日に予定のない私は叔父さんに食事へ誘われ、待ち合わせをした。その時は母にも「叔父さんに奢ってもらう」と伝え、母は「仕方がないわね」と言いながらいつもの顔をした。苦笑。私と叔父さんが仲良くするのは嬉しい反面、日本では私にだけ心を開いている叔父さんに何とかならないのかと言いたいに違いない。
 叔父さんは日本のサラリーマンではないので期待はしていなかったのだけれど、案の定食事は女子大生があまり行かないような場所だった。叔父さんの家の近くで営業している屋台のおでん。おでんの季節と呼ぶにはもう暖かいけれど、冷えた夜風の中で食べる味の染みた大根は確かに美味しかった。叔父さんは安そうな日本酒を飲んでいた。日本での楽しみは私に会うことと日本酒を飲むことだと叔父さんは言い切った。来年になったら一緒に酒が飲めるのが楽しみだ、とも。
 国文学を学ぶために高い学費を出してもらい学校へ通っている私は、不十分な知識で何とか「日本語も日本文学も素敵なのだ」と主張してみたが、叔父さんは嬉しそうに笑うだけで何も言わなかった。いつかもっと勉強して源氏物語について叔父さんが嫌がるほど語ってやろうと思った。
 叔父さんは酔っていた。間違いなく。私も浮かれていた。だってもう十八歳じゃない。叔父さんの腕に手を絡めて、叔父さんの家でケーキが食べたいとねだった。営業時間が終了する直前のケーキ屋でフルーツタルトを買った。叔父さんは目を細めて「日本人は贅沢だな。まあ奈緒の為だからいいけど」と言った。叔父さんの家に遊びに行くのはその時が初めてではなく、余計なものを買わないゆえに生活感が足りないマンスリーマンションでお茶を淹れるのは私の役割で、その日もいつも通りだった。マンション備え付けのソファに座り、やはり備え付けのテレビを二人で眺めていた時、私が調子に乗って叔父さんの頬に付いたクリームを舐め取るまで。
 叔父さんは笑って済ませなかった。子供みたいだと私を叱りもしなかった。私がどうしていいか分からなくなるほど動揺した様子を見せて「そういうのはもう駄目だ、駄目なんだ」と繰り返した。うわごとのように。だから、叔父さんにとって私は女なんじゃないかと期待してしまった。
 絡みつけるように腕を首の後ろに回して、二年前のあの日にしたいと思っていたことをした。しおれてしまった花冠と一緒に土に埋めたはずの私の欲求は、結局埋もれていなかったのだろう。キスは日本酒の匂いがした。雰囲気もへったくれもないけれど、最初からそんなものは求めていなかった。視界がぐるりと回って、キスされながらソファに押し倒されたのだと気付いた時、期待は確信に変わった。叔父さんは私の服を脱がせながら「奈緒、奈緒」と小さな情けない声でつぶやき続けた。

 終わった後でベッドに寝かされて私がぼんやりとしている間、叔父さんはベッドの下で背を向けて、体育座りのまま頭を抱えていた。
「半年前にな。まだ十六の女の子が、勤め先の金持ちの家で同い年のガキに無理矢理孕まされて、追い出されて俺が働いてる村に帰ってきた。話を聞いて、むかついて仕方がなかった。何も出来ない自分にも腹が立った。でもさ、奈緒、俺今そのガキとやってること変わらないよな」
 私は気怠い体を起こして叔父さんの背中に後ろからしがみついた。
「私は叔父さんとしたくてこうしたんだから、勝手にそんなこと決めつけないで」
「俺だって奈緒が可愛い。でも姉さんに合わせる顔がない」
「墓まで持っていく秘密なら、問題無いわ」
 叔父さんは振り向いて何か言おうとしたけれど、結局何も言わず私にもう一度キスをした。


 初めてした日、罪悪感からかなかなか体育座りを解かなかった叔父さんだけれど、結局その後も私と会う日には両手を広げてベッドに誘ってくる。五年以上彼女がいないまま今に至る、というのはベッドの中で聞き出した話だ。もう母へ叔父さんのことを素直に話すことは出来ない。叔父さんと会う日、二回に一度は彼氏ができたからデートしてくるのだと嘘をついている。完全な嘘ではなくて、それこそが後ろめたいのだけれど。
 いつまでも続けることは出来ないと知っている。叔父さんが一度国を出てしまえば終わる関係なのかもしれない。けれど結局あの両腕から離れられなくなってしまうのではないかという予感は常に心の中にある。






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