His Lover Is(中)




 オコジョさんは初めて家族みんなで遠方の旅行をした際に父が買ってくれたぬいぐるみで、以来私の宝物だった。会社を経営している父は長く旅行ができるような休みを滅多に取らなかったので、すでに思春期に差し掛かる年齢だったにもかかわらず、私は平凡な家族旅行が楽しかった。十年以上年数を経たぬいぐるみは既に買った時の白さを失っていたけれど、枕元になければ落ち着いて眠れない。汚れがひどくなってきたら中性洗剤を薄めてガーゼに含ませ毛並みに沿って拭いてあげると、元通りとは言わないまでも汚れが落ちる。
 一階のリビングでオコジョさんのお手入れを始めたのは、昨日秀島氏にミミの手入れについて解説されたからだ。
 ミミはミニチュアラブドールと呼ばれる商品である。その言葉を私は秀島氏に聞いて初めて知った。「ミニチュアラブラドール?」と聞き返すと「それは犬だ。しかも二種類混ざっていますね」と表情一つ変えずに訂正された。
 ミニチュアラブドールとはラブドールを小さくしたもの。シリコン製の肌はリアルな質感で表情や関節などラブドールに引けを取らない質のものも多く、一般的なラブドールのように場所を取らない。ただし、性行為に使用することは不可能…まあ、大きさとして当たり前だが。というのが、私がネットで検索したミニチュアラブドールの特徴である。
 シリコン製の肌は埃が付きやすいので、定期的にベビーパウダーで埃を落としつつ保護する必要がある。というのは秀島氏から説明された。特に知りたいわけでもなかったのだが、ドラッグストアに行くならベビーパウダーを買ってきて欲しいと頼まれ、思わず私が疑問の視線を彼に向けた結果その利用方法について解説されてしまったのだ。
 ミミを許容することが同居の条件だったが、案外私がミミと遭遇することは少なかった。ミミを見ていると動き出しそうで怖くなるのだが、幸い秀島氏はミミをほとんど部屋から出すことはない。時折会話にミミが登場するくらいで、そういう意味ではおそらく私のオコジョさんと秀島氏の方が現に顔を合わせているのではないかと思うくらいだった。
 秀島氏の家での暮らしは想像していたよりずっと穏やかに過ぎていった。秀島氏は私より少し遅い時間に家を出て、私より一時間程度遅い時間に帰ってくることが多い。だが、彼は仕事に忙しくとも家事に手を抜かない人だった。週末にワイシャツをきっちりとプレスし、料理の下ごしらえをして冷凍しておく。掃除やゴミ出しは当番制で、それ以外は各自と最初にルールを決めたはずなのに、いつの間にか私は彼の作るご飯をいただくようになってしまった。基本的に世話をするのが好きらしく、朝あまりに遅いと寝起きの悪い私をノックで起こしてくれるし、食後お茶を飲んでいる間食器がいつの間にか食洗機の中に片付けられていることも多い。あまりに申し訳なく、私は彼の洗濯を引き受けることにした。工場で手伝っていた経験があるから、洗濯だけは得意だったのだ。工場で埃と油にまみれた作業着を洗っていたので、五歳年上の男性の下着を洗うことに関しては特に引っかかりを感じなかった。それに関しては秀島氏に驚かれたが、ミミやオコジョさんのことを知っているのに今更という気もした。
 オコジョさんの手入れをしている最中に、二階から「ただいま」という秀島氏の声が聞こえた。「おかえりなさい。お腹空いたー」と叫ぶと、階段を下りてきた彼は「いきなり出来の悪い大きな娘ができたみたいですねまったく」とぶつくさつぶやいた。
「うわひどい。出来が悪いはないと思いますけど」
「料理の腕を振り返ったらどうですか」
 手を洗って冷凍庫から出したフリージングパック(鶏肉のお団子入り)をレンジの解凍にかけ、何も言い返せない私など見もしないで秀島氏はまた二階に上がった。着替えてくるのだろう。せめて妹でお願いします、とは夕飯を食べ終えてから言うことに決めた。
 その日のメニューは、鶏団子の甘酢あんかけ煮だった。

 私が居候している四畳半の部屋からは、直接ベランダに出ることができる。一軒家とはいえあまり大きな家ではないのでベランダも広くはないが、贅沢にもポリカーボネイトに囲まれてサンルームになっている。洗濯機も二階にあり、洗濯のしがいがある家だった。
 この周囲からちょっと浮いている、ある意味では「洒落た」家は秀島氏の友人である建築士がデザインしたものだそうで、実験的な試みを詰め込む代わりに安く建ててもらったのだと秀島氏は言った。不思議な外観の割に不便は感じないな、と私は思っている。
 晴れた休日にはサンルームの窓を開け放して洗濯物を干す。久しぶりの晴れ間だった。黒で統一されている男物の靴下を干しながら、ふと自分のお世辞にも綺麗とは言えない手を眺めてしまった。
 大学生の頃、ある男性がこの手を好きだと言った。むしろ、この手だけが彼の好意の対象だった。
 彼と私は、同じ中学校に通っていた。あの頃彼は授業中、ノートにひたすら周囲にある物の模写を描いては先生に注意されていた。美術の時間だけは生き生きとして、目の色が違ったのを覚えている。彼は絵が上手かった。上手いだけではなく、現物の忠実な模写でありながらどこか他の絵とは違う空気があった。当時の私はほとんど彼と会話を交わしたことがなかった。経営を勉強して父の仕事を継ぐべきなのか悩み始めた時期だった。彼とは生きる世界が違っていたような気がする。
 大学二年の頃、授業の帰りに駅で偶然会い、目が合った。ふと彼がノートに描いていた模写が記憶によみがえったけれど、向こうは私を覚えてないだろうと思い、目を逸らそうとした。
「夏井さん、だよね」
 その声に、驚いてまじまじと彼を見つめてしまった。特に親しかった記憶はなかったし、思い出話を語ることもできそうにない人物だったから。
「ちょっとお願いがあるんだけど…ああ、僕のこと覚えてる?」
 おそらくあの時、私は目を見開いていただろう。
 彼の「お願い」は手のモデルになって欲しいというものだった。彼は有名な芸術系の大学に通っており、課題デッサンのモデルを探していた。決して綺麗な手ではないのに、私でいいのかと戸惑いながら尋ねると、熱心な瞳で君の手がいいのだと言った。それまで私はあんな瞳で男性に見られたことなんてなかったのだ。呆然と、頷くしかなかった。
 その日、私は彼の「アトリエ」に招かれた。一軒家の庭先に建てられたプレハブは、絵の具の匂いに満ちてたくさんの画集が本棚に詰まっていた。彼は一冊の本を手にとって、私にエミール・ガレの『手』という作品を見せた。君の手は、この手の形にそっくりなのだと彼は言った。
 彼は私の手を描いた。何枚も。時には貝殻の指輪をはめ、時には花びらを散らし、時にはコバルトブルーのマニキュアを塗って。指の輪郭を確かめるついでのように、肉体を抱かれることもあった。ただ、最中でも彼の視線は常に私の手に注がれていたように思う。
 彼の作品が出来上がると、私が彼のアトリエに呼ばれることはなくなった。私も、自分からあの場所へ行くことはなかった。彼に会いたいという気持ちがなかった訳では、ない。なのに、あの場所に行けば彼に会えると分かっていても足が向かうことはなかった。彼とのことは、付き合っていたと言っていいのかも分からない。
 心地よい風が、洗濯物の間を通り抜けていく。





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