てさぐりくらべ(里志視点、再び)




 窪井は落ち込むと、不機嫌を装ってそれを隠そうとする。今までの付き合いで、それは理解していた。後輩の名取はこういう時窪井へ話しかけないし、音を立てないように気を使ったりもするが、里志はおかまいなしに行動する。
「おい、摂、雑誌読むか?」
 鞄から出した雑誌を机の上に放り投げると、携帯電話をいじっていた窪井が面倒そうに顔を上げた。雑誌に目を留めると、携帯電話を置いて手を伸ばす。
「何だよこれ? 写真集?」
「何かの雑誌のイメージガール集めたらしいぜ。水着だけど、結構キワドイ」
「ふーん」
 ペラペラと窪井が雑誌をめくる音が部室に響いた。男二人の部室は気楽だが何かが足りないと里志は思った。
「名取は?」
「図書館で委員会の仕事だよ。冬休み中特別貸出しがあったから、明けは仕事が多いんだとさ」
 言い終えたところで窪井が手を止めた。開かれたページには長い黒髪の女性が仰向けに押し倒されているかのようなアングルで見上げる写真が大きく印刷されていた。シャンプーのCMかの如く髪が周囲に広がっている。
「急に手え止めたな」
 のぞき込んだ里志が唇の端を上げてそう言うと、窪井は眉を寄せて雑誌を閉じた。
「何言いたいんだよ?」
「機嫌悪いな」
「まあな」
「似てる女には反応すんのな」
「似てねえよ」
「似てるじゃねえか、小平先輩に」
 顔を上げた窪井と目を合わせた里志は、不意を突かれたと言わんばかりの彼の顔を見て再び唇の端を上げた。
「摂、お前他の誰を想像したんだ?」
「誰にも似てねーよ」
「今更俺に隠したって仕方ないだろ。ちなみに俺は名取に振られたから安心しとけ。お前ばっかじゃなくて俺も構ってくれよってお願いしたら、きっぱり断られたからな」
 窪井は里志の言葉に目を見開いた後で、諦めたように溜息を吐き出し頬杖をついた。
「あーあ、後輩に二人して玉砕かよ」
 今度は里志の方が驚かされた。
「…いつの話だ、それ」
「終業式」
「二十四日のクリスマスイヴってやつか」
「黙れ」
「お前何て言って告った?」
「普通訊かねーだろそんなこと」
「ちゃんと告ってねえだろ」
「お前だってそうだろが」
「カノジョと別れた話の後で構ってくれって言ったら何かすげえ悲しい顔されたんだよ。多分俺じゃ駄目なんだよ。摂、あのな、名取は…」
「小平先輩にはなれないんだとよ」
 声を荒げた窪井にそう遮られ、里志は口をつぐんだ。
「名取に、そう言われた。確かに名取は小平先輩とは違う。もちろん前にお前が言ったとおり、似てるところはたくさんある、認める。でも根本が違う。小平先輩は書く人間で、名取は読む人間なんだ。俺は名取に書く事を求めたりしたくねーんだよ。でもこのままだと求めたくなるかもしれない。俺はそういうふうになりたくない」
 里志は理由の見えない苛立ちをを押さえるためひとしきり頭を掻いた。それでも落ち着かず、目の前の雑誌を手に取り丸めて軽く窪井の頭を叩いた。窪井は黙ったまま頬杖をついて頭を下げている。やられたまま大人しくしている窪井というのは珍しいものだった。里志のささくれ立った内側は落ち着いて、少しだけ自分と窪井と名取の関係が見えた気がした。
「なあ、摂。四月になったら、俺たち努力してでも一年の中から記事書ける奴と写真撮れる奴探すぞ。そしたら名取が書く必要なんか無い。この部が続けば、卒業してもまた名取に会いに来られるだろ。まあ、彼女にするだとか付き合うとかそういうのは抜きにしても」
 今摂が名取に何か告げても、彼女は窪井が「小平への想い」と取り違えていると考えるだろう。窪井自身がその違いを自覚していない以上、きっと本人も否定は出来ない。里志自身も、名取を小平と重ねている部分がないとは言えなかった。はっきりと言えるのは、恋愛感情などと言うあやふやなものよりも、実際に三人を繋いでいるのはこの新聞部だ、ということだけ。それが里志の出した結論だった。
「…そうだな。多少うるさいのが来ても我慢するか」
 顔を上げた窪井の目は、もう不機嫌を装ってはいなかった。



(里志視点、再び 終了)



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